パンの歴史は古い。人間が農耕を始め、主食とした頃から始まる。粉をより美味しく食べようとした工夫から、世界中にはいろいろなパンがある。どのパンも小麦のタンパク質グルテンを火で焼いて、香ばしい香りと味を楽しむことは共通している。
 小麦粉は少量の塩と水と人の力でこねることでグルテンを引き出すことが出来る。機械でこねたのではグルテンのつながりが切れてしまい、あの「フックラ」とした感触と歯ごたえ、そして小麦粉本来の風味を出すことは出来ない。

 発酵の歴史も古い。発酵は、じっくりと時間をかけなければ完成しない。パン屋の朝が早いのはその為である。

 横澤パンは人の力だけでパン生地をこねる。発酵に時間をかけ、そしてよく焼くことで美味しさを追求している。外側はパリパリと香ばしく焦げて、中は真っ白なふわふわ部分があり、切り分けてからトーストすることにより、パン本来のうまさが出てくる。

 親父が日本の西洋料理の発祥の地である築地精養軒のパン職長をして、昭和2年郷里盛岡に店を開いた。今後どんなに機械化され、技術が発達した時が来ても、このパンの味は守っていきたい。
 
現在、工場を切り盛りしている三代目夫婦
 私の父の高義は、西洋料理の草分け築地精養軒の製パン部に十五歳で入り、二十六歳で職長を拝命しました。以来、盛岡に帰って自分の店を開いてからも終生この職名を誇りにしていました。
 息子の身びいきかもしれませんが、パンの名人上手だったと思います。

 私はこの父を師として十四歳でパンの生地に手をかけ六十年近く父が苦労して築いたパンの味を守りつづけてきました。戦後日本のパンはアメリカ式のソフトなミキサーパンになりました。機械と化学が苦労なしにパンを大量生産してくれる時代になっています。けれども横澤パンは人の手と労力なくしては焼けません。
 朝三時から額に汗してこね、全身で台に叩きつけてグルテンを引き出し、その時から生地は「生き物」です。

 冷たくないか、温かすぎないか、生地の顔つきを見、声にこそ出しませんが経験と勘で話しかけます。
 生地と心を通い合わせることが良い手作りパンを生み出す一番大事な材料です。

 現在父の年齢を超えた分だけパンと話した時間が長くなり、たまにニンマリとする焼き上がりに恵まれます。皮に香ばしく焦げめがつき、良く火が通り、キメがつんでいて両手で押しても元に戻るくらい弾力のあるパン、トーストした時のカリッとした歯ざわりが家伝のパンです。

 そしておいしいパンといっても料理の邪魔をせず、十年一日の如く、かむほどに深い滋味の湧くのが身上です。この基本を性根に、変えぬこと、変わらぬことを大切にして手仕込、手造りパン一筋に歩んでいきます。

― 二代目 横澤 義次 記―